焼・穂高・槍縦走 2010/10/5|焼岳から西穂山荘
10月と言えば3000m級の北アルプスの山が雪化粧をしていてもおかしくはない季節なのですが、今年は暖かいようで降雪の気配もありません。
穂高岳と槍ヶ岳の頂は今年のうちに踏んでおきたかったので、焼岳、西穂高岳から奥穂高岳、北穂高岳を経て槍ヶ岳へと歩くことにしました。/p>

西穂高岳から見た奥穂高岳。
前日に焼岳に登り、新中尾峠を踏んで西穂山荘に着き、そのままテント泊をしました。
西穂高岳まではは西穂山荘から登ってくる登山者が多くいて、一緒に休憩を取ります。
その中の一人から「これからあの山塊を越えるのですが」を聞かれた事を覚えています。西穂山荘の宿泊客は、みな穂高連峰を縦走するものだとばかり思っていたわたしは、ほとんどの登山者が西穂高岳に登ると引き返すので不思議に思いました。
早朝に西穂高岳の山頂に立ち、奥穂高岳にも向かわないとすると、この後はどちらの方向へ進むのだろうと考えました。
中尾峠

新穂高温泉のうちの中尾温泉は県道から急峻な坂道を登ったところにあります。
中尾温泉の温泉街を通り抜け、県道から約2kmのところに焼岳の登山者のための駐車場があります。
この駐車場はなかなか広く、20台以上の乗用車を止めることが出来ますが、シーズンオフだからかもともと利用されない登山口なのか、この日はわたしの車のを含めて2台しか利用者がいません。
ということは、焼岳の山頂までは静かな道を歩けると言うことです。

登山道の途中にヒカリゴケの生えている場所がありました。
北海道の知床などでヒカリゴケを見たことはありますが、微妙な光なので写真撮影には成功していませんでした。
今、登山に持ち歩いているカメラはキャノンのEOS 7Dと呼ばれる機種で、なかなかの性能を持っています(重い)。ISO6400に感度を上げて撮影をしたところ、見事にヒカリゴケの光をとらえることが出来ました。もっとも、撮れた写真はあまりにカメラの感度が良すぎたために、薄暗い洞窟の中がずいぶんと明るく見えていて、不自然な感じもします。

中尾峠が戦国時代から利用されていたという証の秀綱神社。400年前にはこのような険阻な道を人が通っていたのかと感心しました。
戦国時代に飛騨を治めていた三木秀綱(累代の守護大名や戦国大名ではないらしい)が、豊臣秀吉の配下の金森長近(利休七哲の一人、もともとは織田信長の武将)に攻められて信州に落ち延びようとした時に通ったのが中尾峠でした。
現地の案内板には中尾峠を越えたことしか書かれていませんが、道順としては中尾峠を越えてから上高地(むかしは上河内)を経て徳本峠(とくごうとうげ)、島々谷と歩いて言ったはずです。だだし、秀綱とその一行は目的地の信州波田城を前にしてあえない最後を遂げたそうですので、島々集落までたどり着いたのかは不明です。

中尾峠。
ここに登るまではうっとうしい樹林の中を歩いていたので、いささかげんなりしていましたが、峠に出ると足下に上高地、頭上に焼岳の景観があり、なかなか見事なものです。
焼岳

焼岳の噴気口。
なぜか活火山が好きです。
生きている山という気がするからかも知れません。
焼岳は、北海道の大雪山の御鉢平を見てきた目には子供だましのようなかわいらしい活火山ですが、北アルプスでは唯一の活火山ですし、大雪山の旭岳よりも200mも高い標高を持っています。

上高地と穂高連峰。
焼岳からの景観は見事です。
たいした苦労もなく登ってきてこれだけの景色を見られれば満足がいきます。
お買い得ならぬ登り得な山です。

雲の下の上高地。
焼岳の山頂くらい標高が高いと、上高地のホテルなどの人工物が気にならなくなります。
焼岳へは上高地から登る人が大半のようですが、わたしはこのときが上高地を見る最初でした。遠望して「なるほど人が騒ぐ景観だ」と感心しました。

笠ヶ岳。
頂はすでに踏んでいる山ですが、全景を見るのはこのときが初めて。
「へー!膨大な山塊だ」と感心しきり。
焼岳から見る笠ヶ岳の稜線は驚くほど長く、よくも歩いたものだと自分の体力に驚きました。

乗鞍岳。
この山は御嶽山とともに北アルプスにくわえられているのが不自然なほど、独立峰という印象がします。
穂高縦走の翌週に登りました。

焼岳の火口湖。
麓からカヤックを担いでこぎ出したくなる瞬間です。
わたしの乗っているカヤックは折りたたみ式で、普段はバッグに入れてあります。ザックに入れて担ぐこともできるので、制約さえなければ山頂まで持って来たくなります。
西穂山荘

中尾峠のすぐ北にある2159ピークで休んでいると、時々生暖かい風が吹いてきて不気味さを感じ、背筋がぞくっとしました。
種を明かすと何でもなく、この2159ピークにも噴気口があり、風向きが変わるたびに噴気が山頂に流れてくるわけです。
でも、ピーク全体が草で覆われているので、噴気口があるとは当初は思えませんでした。

焼岳小屋は、水たまりが多く、じくじくしていてうっとうしいので素通り。
なぜ、排水をしないのかと不思議です。

季節から言えば山頂や稜線の紅葉は終わっていてもおかしくないはずなのですが、どうもまだ色づいたばかりのようです。
鮮やかな発色の色が見られません。

水たまり?
どういう構造なのか不思議なのですが、焼岳から西穂山荘までの稜線の上には目についただけで2つの水たまりがありました。
降った雨が溜まっただけなのか、湧水でもあるのか、雨量の少ない秋でも枯れないのが不思議です。

西穂山荘には午後1時過ぎに到着。
午後3時前後に着くように登山の計画を立てていたのですが、ずいぶんと余裕を持った計画であることが分かりました。
日没まで4時間あまりあるので、いっそ奥穂高岳まで歩いてしまおうかと思ったのですが、山小屋の人に聞くと、ここから奥穂高山荘まで6時間はかかると言うこと。
真っ暗な中を歩くわけにも行かないので、早めにテントを設営して、中に潜り込みました。

しかし、テントの中にいても退屈なので、屋外のテーブルに陣取って、この日、撮影をした写真を、デジカメのモニターでチェックすることに。
時間がたつにつれて、新穂高温泉からロープウェーを使って登って来て、西穂山荘に泊まる登山者が増えてきました。何も知らないわたしは、これらの人全員が自分と同じ様に穂高連峰を縦走するものだとばかり思っていました。


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